「感動」という言葉
あらたまって「なぜ感動するのか」「感動とはなにか」と問われた場合には、それが個人的な主観体験であり過ぎるためか、しばし言葉に窮し、答えようにもどこか焦点が定まりづらい感がある。
さしあたって「感動」を言葉の面から少しみていくと、まず「感動」は学術用語ではないから、学術的な定義はない。
そこで手近な辞書、広辞苑を開けてみると「感動」の語義を"名詞。深く物に感じて心を動かすこと"と簡潔に示してから、「名画に感動する、感動を覚える、感動にひたる」の用例が続く。
広辞苑よりも大きな辞書、日本国語大辞典を開けてみると、
- 強い感銘を受けて深く心を動かされること、
-
人の心を動かして感情を催させること、
- 他からの刺激に反応すること、作用を受けて動くこと、または動かされること
の3つの語義を示している。 ついでに言えば、この辞典の大きな利点は、語義それぞれに歴史的用例の記載があることだ。つまり、史料で遡れる限り、それがいつの時代から使われているのかがわかるのである。
せっかくなので、少し道草すると、「感動」という言葉の最も古い記載は平安時代初期の「性霊集」で
「糸竹金土、感動鬼神」
とある。同じような記述は南北朝時代の「太平記」にもあり、
琴の音を聞いて鬼神が感動した
とある。
また南蛮交易初期の外語辞典「日葡辞書」には
「zuiqui cando(ズイキカンドウ):訳⇒歓喜と喜悦」
とある。
また、「感動」の古語は「感ける(カマケル)」である。再び広辞苑をのぞくと
-
感ずる、感動する、心が動く。
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一つのことに心をとられて、他がおろそかになる。拘泥する
と語釈されている。ついでに言えば、「感けわざ」という古語は「神に捧げる豊作祈願の踊り」のことである。
次に英語で「感動」に相当するのは"impression"、"emotion"、あるいは"excitement"である。
また、感情も英語で"emotion"であり、辞書には「〈気持〉〈心持〉のような、人間の心理状態の受動的で主観的な側面」とある。
心理学など科学分野では"emotion"を「情動」と訳し、「怒り、恐れ、悲しみ、などのように急激に生起し比較的激しい一過性の心的作用をさす。自律神経系の興奮による発汗や循環系の変化、あるいは表情の変化など身体的表出を伴うことが多い」としている。
英語のemotionと日本語の情動/感情のニュアンスの差異について補足すれば、心の動きで急激で強いものは情動、そうでないものは感情、といった感じだ。また、精神医学や心理学ではさらに、感情(emotion)と気分(mood)を区別することもある。これからの展開で、しばしば"心脳"分野の話題にふれるが「感動」それ自体についてひも解く際には、専らこれらの用語を使い分けて話を進めていくことにする。
ところで、「感動」の表現語彙はどれだけ広がりがあって、どのように分類できるのか。それについては、NHK放送技術研究所による「感動の分類と感動の評価語について」という先行研究がある。
技研では、音響システムの開発技術を評価するために、周波数特性など物理量の良さだけでなく、人が感覚的に感じる良さを尺度に加え、その基準に「感動」をおいた。ところが、感動には喜びや悲しみなどのさまざまな心理状態があり、しかもその定義は研究者の間でも曖昧なものだった。
そこでアンケート調査で150の感動表現語を収集し、個々のニュアンスの類似度(言葉のニュアンスの心理的距離)をクラスタ分析して、3つの感受対応の仕方のもとで、「感動」として内包されるニュアンスを、6カテゴリーと12クラスに分類している。(下表)
[表. 感動の分類と感動の評価語:NHK放送技術研究所.2005年に基づき作成]
なお、この研究報告書では、「感動」を"肯定的な体験を表現する総称であり、伴う感情の質だけではなく、心が動く向きによって分類される"ことがわかったと結んでいる。
また、大手広告代理店の博報堂は、イベント・プロモーションの価値測定手法「EVM」というコンサルテーション・サービスを開始している。その中でイベントの特性である「感動という質的効果」を指標化しており、その評価属性として「感動」を次の3つの価値群と10個の要素に分類している。
[表. 感動の質的評価の属性:博報堂「EVM」プレスリリースに基づき作成]
「感動」という言葉とそこに内包されるもの、についてはここまでとして、次回はその"価値"はなにかというところをみていこうと思う。 (・・・・to be continued)