感動とはなにか(2)
「感動」の価値
現況のところ、感動ビジネス市場を形成するビジネスモデルは、おおむね次の6つのタイプに分けられると思う。
1. キャラクターマーチャンダイジング型
フィギュアからテーマパークにいたる、キャラクターの魅力や世界観を商品・サービスへ昇華するビジネス。
2. 感動商品型
スポーツ、アート、イベント、芝居、映画、ドラマ、小説、音楽、ゲーム、旅行など、感動を引き起こすコンテンツやサービス、情報を商品とするビジネス。
3. 感動参観型
感動コンテンツのライブ参観(スポーツバー等擬似ライブも含む)のように多くの人々と感動を共有する機会を提供するビジネス。
4. 感動参加型
祭りや式典、ワークショップ、あるいはギャンブルなど、状況への主体的参加や関与、一体感による感動を提供するビジネス。
5. プチ感動型
ユニーク雑貨や新しい味の食品、ストレス解消グッズや情緒訴求玩具などのような、日常的にささやかな感動を呼び起こす商品やサービスを提供するビジネス。
6. 感動関連商品その他
薄型大画面テレビやDVDレコーダー等デジタル家電のような臨場感で感動を増幅する"感動関連"商品やサービスに関するビジネス。また間接には接客対応にはじまる顧客満足向上(CS)サービス、従業員満足向上(ES)サービスなど。
これらモデル・タイプからみて、企業が「感動」に使用価値を感じて利用する目的は、大きく次の3つに大別できる。
l 「感動」を追求する開発コンセプトによるモノ・サービスづくり
l 感動を提供する体験の場やコンテンツ提供、感動の商品づくり
l 「感動」をサービス基準においた、サービスプランへの反映と顧客・従業員満足(CS/ES)の向上
今のところでは、企業ビジネスにおける「感動」の使用価値は、おおよそこうしたところであるとみていいだろう。
企業ビジネスにおける「感動」というものの使用価値がおよそそうだとしても、一般的に人はなぜ感動をもとめるのだろうか、そのどこに価値をもとめるのか。
インターネットで少し見ていくと、広島大学大学院の戸梶亜紀彦さんという心理学の研究者による「『感動』体験の効果について」と題する論文サマリーが目にとまった(※注)。心理学から見た感動の価値についてコンパクトに整理してあったので引かせていただくことにする。
■感動の3効果
1.動機づけに関連した効果:ヤル気・肯定的思考・自立性・自主性・自己効力
苦労している最中の不快な状態から、目標が達成されることにより心身が一に解放され、快の状態がもたらされる感覚とともに、不快から快への認知的なギャップの大きさによる対比効果を伴ってより大きな達成感が生じ、感動が喚起される。
2.認知的枠組みの更新に関連した効果:思考転換・視野拡大・興味拡大
体験における新しい考え方・価値観との出会いや新たな経験とは、今まで生きてきて築き上げてきた考え方や価値観に対し、大きな動揺(不快な状態)を引き起こすものであり、それらが得心のいくものであった時に不快な状態から開放され、感動にいたると考えられている。
3.他者志向・対人受容に関連した効果:人間愛・関係改善・寛容・信頼・利他意識
不安な状態におかれていた、孤独だった状態で思いやりのある行為を受けることによる不快な状態からの開放が感動を喚起する。
≪まとめ≫
感動体験は、強烈な情動体験であるため記憶に残りやすく、したがってその効果には持続性があり、記憶を再生することによっても再度その効果が強化される側面を持つ。感動体験はすべてが肯定的体験であることから、想起することに抵抗を感じることはなく、むしろ快い気分になると考えられる。
また、感動体験の浅い・深いといった質に対する主観的な評価判断の基準については、心理学者A・マズローの「欲求要因ヒエラルキー説(自己実現論)」が思いあたる。大雑把にいえば、人間の欲求は階段のようにその人が成長するにつれて高度になるという説で、それは以下の五つの階層からなる。
つまり、階層が上がるにしたがって欲望対象がより高次で抽象的なものになり、そこで働く感性の質も、本能欲求→情動→感情→知性、へと高度なものに遷移していく、というのである。"深い感動-浅い感動"の度合いは、これに対応するとみておいてもいいだろう。
であるならば、A・マズローの欲求要因ヒエラルキー各々の階層にそれぞれを充足させる「感動」が存在する。とするならば、それらセグメントと「感動」との関係の中にビジネス戦略を仕込む領域がある。
はじめの方でいったように、成熟した消費社会では経験価値経済の傾向が顕著になる。そこでは感情を高め興奮させる「感動」を演出することが重要であり、市場と顧客の創造の鍵ファクターのひとつとして「感動」がある。ターゲットへ向けた素晴らしい価値ある感動経験を提供することがビジネス優位性の鍵になる。キャッチフレーズ式にいうならば、"顧客満足から顧客感動へ"というわけだ。
前にもふれたように、現在、マーケティングや経営の世界では、感情や情動、本能欲求がどのように消費者行動に影響を与えているのかに注目が集まってきている。心脳事象と消費者行動との関係を科学的に分析研究し、実際のビジネスに役立てることができないか、というのだ。
もちろん、こうした経済心理の研究は昔から行われていたが、従来のテクニックでは、現実の消費行動がケースバイケースであまりに複雑過ぎるので外部観測からの分析が困難なことや、感情や情動、本能欲求といった人間の心脳レベルでのふるまいを計測する手段が確立していなかったこともあって、十分に役立つ成果を生み出すことができなかった。
ところが21世紀以降急速に進展した脳科学や認知科学などの知見や技術が、それら従来の欠点を補い、具体的に研究するための糸口を見つけつつある。たとえばfMRIなどの脳神経計測の結果から、情動が脳と身体を起動し感情経験を引き出すプロセスとしてあることや、それがどのようなふるまいかたをするのか、その結果どのような行動にいたるかの見当がついてきたのである。
そして、こうした最新の科学研究成果と技術を積極的に取り入れて、感情や感性で物事を全体的に捉えようとする「情動マーケティング」や、無意識レベルにもとづく消費行動からアプローチする「潜在マーケティング」といった心脳マーケティング領域への関心が高まってきたのである。
これから考えていきたい、マーケティングをはじめとする「感動」のビジネス・リソース探しも、そうした流れの中に属するものだろう。
ただし、本人が気づかないまま意識を特定の方向に誘導するマインド・マネジメントや脳情報を読み取るマインド・リーディングなどを方法化する心脳マーケティング領域のありようは、現在のところ、その用途の倫理性から手法自体の科学的妥当性にいたるまで議論百出の状況があることは十分留意しつつも、事象として「感動」をみるうえで大いに興味がそそられる。
次回はこうした角度から、心脳事象としての「感動」についてみていくことにする。
(・・・・to be continued)
※注: 執筆時点から後日、同論文が広島大学学術情報リポジトリという、同大のインターネット電子書庫でこの論稿が公開されていることが分かったので、興味のある向きはアクセスすることをお薦めする。(http://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/metadb/up/niikiyo/KJ00004257034.pdf)