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感動したがる社会(1)

巷にあふれる「感動」
 
人は感動する。誰でも感動体験を持っている。わたしたちは日々の生活の中で、喜怒哀楽いろいろの感動的出来事を経験している。それには極私的なものもあれば、家族や恋人、友人、仲間など他者と交感、共感によるものもあるだろうし、その質にしても、心身がムチ震えるほどの感銘もあれば、「超ーカンドウ!or ・・・」といった軽い印象に過ぎないものもあるだろう。

とにかく、社会のさまざまなところで感動が生産され、人を動かしている。そして人びとの感動に対する欲求には尽きることがない。だから、豊かさの方向性が「便利さ」や「快適さ」から「楽しさ」へと重心を移しつつあるなかで、巷では感動消費市場が活況である。泣ける本がベストセラーの上位を占め、泣ける映画は満員御礼、テレビのスポーツ番組では「勇気と感動をありがとう!」の言葉をアナウンサーが泣きじゃくりながら連呼する。また、大笑いできる漫才・コントがマスメディアを席巻し、お笑いシアターはいずこも大盛況のようである。

このように、スポーツやイベントをはじめ、映画、舞台、音楽、出版、ゲームや旅行といった、感動を生み出す商品やサービスは、今日の日本経済でもっともホットな市場である。民間大手のシンクタンク三菱総研とgooリサーチが2003年にインターネットを使って実施した感動に関するアンケート調査の結果によると、"感動するために意識的に行っている行動(レポートでは「感動探し」と呼んでいる)"のビジネス市場規模は5兆円と試算している。感動探しは中高年ほど割合が高まり、60代では57.6%が行っているという。そしてそのために使う平均金額は、ひと月当たり平均1万1,400円で、これをベースに市場規模を算出した結果、感動ビジネスの市場規模は年間5兆円にのぼるというのである。ちなみに、感動探しの世代別内容は、10代・20代は「映画を見る」、30代・40代は「良好な家族関係の維持」、50代・60代は「旅行に行く」「自然に触れる」が主なものであった。

また、感動体験の頻度を年代別に見ると、「1ヶ月に1回以上」の割合が「10代」50.9%、「20代」48.6%と年代が若いほど高いのに対し、「50代」30.7%、「60代」33.9%と、年代が高くなるにつれて頻度が減る傾向にあるという。そのため、高年齢になるほど感動探しに積極的になるものらしい。
 
とはいえ、感動への欲求がどんなに旺盛でも、多くの人がそれを満喫するために費やせる時間には限度がある。だから、この市場に注目した供給側としても限られた時間で得られる感動を最大化するために、いろいろと工夫する。
このところ、企業が行うマーケティングでは、この「感動」をはじめ「共感」、「物語性」、「五感への訴求」といった感性領域のキーワードが急増している。また、モノであれサービスであれ、消費者側もそういった要素を含む商品をもとめていることは確かで、事実そうした視点による商品やサービスの開発は、リピータや利益の向上に大きく貢献しているようだ。
 
とはいうものの、このような主観的で曖昧性の高い価値意識は、これまで個々人の感覚でしかとらえることができないとされてきたものである。だから、読み違えて商品を開発したり供給する可能性だって大いにある。
であるならば、そうした「感動」や「物語」などといった不安定なものを、今日のマーケティングは経済活動や企業行動というリアルかつ実践的な行為に向けて、それをどのように方法化しようとしているのか。
ただし、そのことに立ち入る前に、しばし、こうした状況のバックグランドをみていくことにする。