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感動を消費する社会(4)

物語消費とシーン消費

 

ところで、「コンテクスト・マーケティング」というマーケティング用語がある。

 

消費者行動の背景にあるコンテクスト(文脈)に則して行なうマーケティングで、ユーザ個人の日時・場所・行動などの状況に沿った形でタイミング良く、情報や商品、サービスを提供していくマーケティング手法のことである。近ごろではインターネット広告やデジタル・サイネージといった分野でよく用いられている。

 

その手法の一つに「物語マーケティング」がある。しつらえた物語(コンテクスト)にユーザを感情移入させ、その心理を巧みにくすぐりながら展開するマーケティング・テクニックである。

 

物語マーケティングの前に、それと対応する「物語消費」という概念についてふれておく。これについて80年代に評論家の大塚英志が指摘していることは前にもいった。大塚は「ビックリマンチョコ」を例に、意図的に断片化された物語を読者、受け手が想像/創造しながら消費していく行動パターンとそのマーケットの姿を示した。

 

「ビックリマンチョコ」というのは、1977年にロッテが発売したカードシールをオマケとした子ども向けのお菓子である。「悪魔VS天使」などのシリーズがあり、シールの裏面にはそのシールのキャラクターの性質やそれらが存在する世界、そこで展開している壮大な物語の断片らしい文章が思わせぶりに載せてある。子どもたちはシールをコレクションするうちに、この「壮大な物語」の存在に気づき、その物語世界にアクセスしようと商品を買い続ける。

 

次第にその収集熱はヒートアップし、目当てのシールだけを抜き出して本体のお菓子を捨てるという事態が全国で多発し、当時は社会問題となった。

 

従来から子どもたちの収集欲を刺激するシリーズ物のオマケは食玩分野の商品戦略の定番だったが、それはあくまでシリーズ物を集めることが目的だった。ところが「ビックリマン」の場合では、キャラクターたちの物語の断片集めにはじまる物語世界の"再構築"が目的になっているところに大きな違いがあることを、大塚は指摘した。

 

つまり、単なるオマケ付きお菓子だった商品を、子どもたちが「物語」という商品に転換して消費したのである。いいかえれば、消費者(子ども)が勝手に"付加価値商品"をつくりだし、勝手に熱中消費したのである。この新しい消費傾向を大塚は「物語消費」とした。

 

ここで「物語消費商品」を戦略化し仕掛ける「物語マーケティング」に話題を戻す。「物語マーケティング」を唱えた福田敏彦は、著書「物語マーケティング」(竹内書房新社1990年)の中でマーチャンダイズされる商品に次のものを挙げている。取り上げた例は今では古いが、そのまま引用する。

 

◆RPGゲームや物語コンテンツ商品のように直接物語を売るもの

◆「ビックリマンチョコ」のように背景に物語が潜んでいるもの

◆サンリオなどのキャラクター商品、ビール「冬物語」のようにネーミングで物語を使用したもの

◆からくり時計のようにプロダクトデザインが物語性をもつもの

◆「東京ディズニーランド」や「サンリオピューロランド」のようなテーパーク、物語性をもった店舗空間

◆物語型の広告など。

 

福田は続けて「物語マーケティング」のコンセプトを拡張し、「物語消費」より広い概念として「シーン消費」と「シーン・マーケティング」という概念を提案した。

 

「物語消費」は、物語(コンテクスト)への感情移入とその心理誘導や演出により誘発されるものであるが、「シーン消費」は、商品を使用するシーン(場面)と、それを使用するTPO(シークエンス)をひっくるめて消費者が選択をする行動パターンをいう。そのためシーン消費は、消費者のライフスタイルと直接的に関連し、彼らの側もシーンを消費すると同時に、その中に自分のアイデンティティを重ね合わせて表す意識をますます強めていくことになる。

 

このシーン消費を刺激する「シーン・マーケティング」の典型的な手法は、たとえば、ファッション・グッズ関連の情報誌が、「クリスマス・イブを二人で幸せに過ごす時の...」のような情景を設定し、どんなファッションが決まるとか、どこへ行けば感動的な一日が演出できる、といった設定を重ねてシーンを描き、そのストーリーラインに沿って商品情報を紹介するようなやり方である。

 

だからシーン・マーケティングは、経験価値経済型マーケティングの典型といえる。

 

シーン・マーケティングは、マーケティング分析が価値観多様化の中で具体的な顧客像の把握に限界が感じられたため、あえてそれを放棄し、このように特定場面を想定した上で、そこに登場する人物が抱くであろうニーズを仮説設定する方法をとってみたわけだが、それが意外と効果があったことで生み出された。

 

これまでもテレビドラマや映画製作の分野では、場面中の小道具に特定商品を露出し対価を得るなどで製作コストを抑える"タイアップ"はあったが、それとは似て非なものだ。

 

つまり、シーン・マーケティングの最もユニークなところは、これまでのマーケット・セグメンテーションが現実に存在するニーズを分類する手法であったのに対し、意図された特定の物語シーンへの共感や感情移入の度合いを強化していくことで、それまで現存しなかった新しいニーズを創造する可能性を広げたところに方法論としての価値がある。

 

舞台/劇場空間化した都市空間の演技/観客者である消費者に演じさせるために、必要な進行台本と演出方法にあたるのが、これらなのである。

 

これまでふれてきたことを整理すると、次のようになる。

  1. 高度成長期以前の消費は基本的に「必要なモノを買う」消費だった。あるモ  ノが欲しいのになかなか手に入らない。だからこの意味で稀少価値というものが存在し、消費はそれを獲得する欲求充足以外のなにものでもなかった。
  2. ところが、その後の経済成長の中で生産が増大し基本的な欲求や必要を十分満たしてしまってモノが有り余る段階になると、消費の様相も一変した。生活する上で必要最低限のモノやサービスの消費を第一義におくことから、新しいモノ、かわいいモノ、珍奇なモノ、気分を持ち上げてくれる徹底的に演出されたサービス、自慢できる体験、ファッショナブルな空間などを選択基準に消費するようになった。
  3. このことは、自己満足もふくめて他者との関係における意味、つまり「社会的意味」において消費する意識が支えており、たとえば「自分らしさ」「リッチな気分」「ハイセンスな生活」といった対象の表示する意味それ自体を消費することが行動に直結しやすくなった。
  4. インターメディア社会の急速な進展やディズニーランドの開園等をバックグランドに、モノそれ自体の価値だけでない、感性・情緒世界の非リアルな価値による判断意識が加速される。また、それとともに非日常の気分が日常生活にも滲み出ていくようになり、経験価値経済、都市空間の劇場空間化、物語・シーン消費、などの消費文化傾向が顕著になっていった。
  5. 社会傾向として感性や情緒がビジネス面でも優位性を示しつつある一方、脳科学や認知科学などの研究が急速に進展し、それまでの医学や心理学などの領域から、経済・マーケティングや経営分野にも拡張しはじめ、ビジネス界のキー概念として関心が集まるようになってきた。

 

こうした、状況や変動に対し、「感動」という概念やその体験がどのような意味合いを持ち、いかなる価値を持つのか。これからの時代における「感動価値創造」というものはどのようなものであるのか。背景状況についてはここまでとして、次回からは「感動」それ自体について考えてみようと思う。(・・・・to be continued