AIDMAからAISASへ、今日のマーケティング・リレーションズはどうあるべきか?これからのリアル・コミュニケーションはどうするのか?
リアルな実体験と仮想的な情報メディアが、重なり合いなだらかに連続したコミュニケーション行動が顕著な現在。
マーケティング・リレーションズのあり方も再考する必要に迫られ、これまでの消費行動の誘導原理「AIDMA」に対し、「AISAS(エーサス、アイサス)」という概念が提唱されています。AISASは、①Attention(注意)⇒②Interest(関心)⇒③Search(検索)⇒④Action(行動、購入)⇒⑤Share(評価をネット上で共有しあう)という、今日のメディア環境との適応から案出されたシナリオ原理です。
AISASにおける、リアル・コミュニケーションは④Action段階に位置し、共感欲求とその情報拡散は⑤Shareとして位置づけられます。この段階で生活者の心を動かすことが出来れば、事業者との"絆"が形成され、この絆は生活者がブランド・ロイヤリティを抱くきっかけにもなります。それがうまくいけば、事業者としても商材特性の微差や価格競争の消耗戦を脱して、新しい市場機会やビジネスを生み出すための、中長期にわたる優位性の獲得が期待できます。
しかし、ネットは賛否評価が瞬時に一変することもある"両刃の剣"の世界です。そのためAISAS推進にあたっては、あらゆるステイク・ホルダへ配慮するパブリック・リレーションズのような、幅広く統合的な観点と手法を中軸にすえて、各段階を精査していくことが必要となります。
生活者の心を強く動かす実体験施策の"イベント"は、これまでマス媒体広告を補完する付加的な分野としてみられがちで、また、クリエイタも「鬼面人を驚かす」式の発想や技巧へ傾きがちでした。
というのも、今では"イベント"は、催事や展示会、博覧会等の一般呼称を意味しますが、この言葉がマスコミ・広告業界の用語として使われ始めた頃は、"型破りでユニークな企画"の意味合いが強かったからです。昭和40年代に社会学者ブーアスティンの著作『幻影(イメージ)の時代』が翻訳されてブームとなり、"疑似イベント"というキーワードが流行しました。事件(イベント)は本来偶発的な事態ですが、疑似イベントは"宣伝目的に仕組んだ事件"のことです。
それ以来、ある突飛な出来事を企画して仕込み、ジャーナリスティックに取り上げさせて、新商品発表や企業PRに結びつける"鉤(フック)"として、人びとが度肝を抜く着想や企画の意味で、"イベント"という言葉が用いられてきた時期が長くあったのです。
とはいえ、今日のプロシューマ型生活者に対し、「鬼面人を驚かす」企画一辺倒では満足や心を動かすのに充分とはいえません。とくにエシカルな生活様式を志向する人たちからは、反発を呼ぶ場合さえあるかも知れません。
だから、今日の生活者とのリアルなコミュニケーション機会をクリエイトする際には、世の中の価値観と志向性、潜在的な変化の兆候を見すえて、技術やデザイン、サービスのあり方を考えていくことが重要となります。
あわせて、その人たちの心が動かされた経験(体験)をShare、つまり良好な二次的な情報拡散の連鎖波及へつなげるには、ブランドやメッセージを基点とした事業者側の一方的な都合から発想するのでは不充分で、可能な限り体験者の視点に立った"おもてなし"から発想することが大切です。実際、スポンサードやプロモーション・イベントよりも、"おもてなし"発想を一義におくホテル・旅館等宿泊施設や店舗のほうが、人びとの体験満足指数は高いのです。
こうした"おもてなし"や"心遣い"の多くは暗黙知です。また、気遣いとお節介は紙一重で、英語の「ホスピタリティ(おもてなし)」と「ホスティリティ(敵意)」が同じ語源の派生語であるように、"おもてなし"のツボを一括して示すのはなかなか困難で、具体事例を列挙するにも紙幅が足りません。ひとまず、ここでは"一様の感動提供ではなく、体験満足をお客さま各々の感動ドラマにしてあげること"としておきます。そしてこのことがShareでの良好な情報発信と拡散をもたらす大きな要因になると考えます。
さて、ここであらためて「拡張現実の時代」における、リアルな感動経験(体験)について考えてみます。拡張現実はAR(Augmented Reality)と略称する工学概念で、たとえば、スマートフォンを通して見た風景上に、その場所に関する情報を重ね合わせて表示し、人の知覚環境をコンピュータが拡張する技術として、近年広く普及しています。
ただし、ここでいいたいのは短絡的に、お客さまにAR端末を装着させようというのではありません。"おもてなし"発想を出発点に、拡張現実の概念の"リアルな実体験+情緒面のパワーアシスト"という側面に着目し、得られた経験を一人ひとりの感動ドラマにカスタマイズして提供することで、良好な情報拡散を高めるための統合的なプロモーション技術を、もっと検討する必要があることを強調しておきたいのです。
それは初期段階では、ARメディアをコンシェルジュのような役割で技術導入することや、"おもてなし"シナリオから設計を検討すること、などからスタートするのかも知れません。一方、ひとくちにリアル・コミュニケーションといっても、イベント、展示会、PR施設、店舗など種類もさまざまで、かかわる業種もデザイン工学・運営・情報メディアなど技術が多岐にわたって専門細分化しており、すぐ簡単に統合的な総合力へ結びつけにくい面もあります。
けれども、人の感動を創造する、というリアル・コミュニケーションの原点に立ちかえり、従来の枠組みをいったん外した視点で、新たな方法論や技術の開発をすることは重要だと思います。
これからも、生活者がよりよい暮らしや生き方を求める志向やメディア環境は大きく変化し続けますが、人が生きる価値や満足・幸福を実感するために感動を求め他の人びとと一緒に驚嘆し、喜びを共有・共感し合い、生きがいある社会生活を望む想いは不変です。それゆえにリアル・コミュニケーション領域には、新たな経験経済の付加価値づくりへ向けて、いっそう期待が寄せられることでしょう。
その期待に応え、そして、人びとの感動の大きな共感のうねりから豊かな社会へ動かす力を創造するために、リアル・コミュニケーションに関わるさまざまな分野で、新しい可能性への研鑽と開発が日々続けられています。