祭礼、イベント、テーマパークなどの祝祭的な空間はポジティブ感情を喚起します。祝祭空間では、過剰装飾の造形物や衣装などのモノと、五感を強烈に刺激する感覚情報がポリフォニックに作動して、一帯環境を変容させ陶酔、一体、共創、臨場の演出で人の血を騒がせ心身を昂ぶらせます。既述したように、平常心を高揚させ、やがてうっとり心が満ちた状態へ誘導する原理は、適切なタイミングで強い刺激を与えていくことです。それでは感覚刺激についてはどんな留意点があるのでしょう。
【視覚と快感】
人の情報取得の大半が視覚によるもので、その情報処理には脳作業の約四割近くが使われます。この大量情報を効率処理するために、脳は対象の動き・形・色などを別々の部位で処理し情報を再統合して視覚認識します。視覚刺激による快感誘起の多くが、強い色彩のコントラスト、模様、原色、金属色や反射素材の使用、光の揺らぎ、光の点滅などの眩惑、暗転などや環境演出する造形物の醸し出す印象、あるいは錯視効果をもたらす形状や配置からの空間感覚の異様によるのは、脳の情報処理の仕方に由来するのかもしれません。また、キャラクタやマスコット、コスチュームなどは、テーマ世界の意味表現以前に形態・色彩・テクスチャから快を印象づけますし、表情やしぐさなどの非言語の身体情報は、意識下の情動を強く刺激します。
【聴覚と快感】
聴覚刺激の快感誘起には、心拍や呼吸など生体リズムの変化を誘発する音のリズムが深くかかわっています。たとえば、ディスコ・サウンドなど現代のダンサブルな音楽は16ビートであり、人を快感へ導くこのリズムは世界の祝祭芸能に普遍的にみられるようです。音楽家の間では、ドラムの低音は、精神の高揚とともに人間が地に足をつける安心感を表現し、高音は、前進する気持ちとある種の苛立ちのような"煽り"の感覚をともない、高音の連打は人間の闘争心を高揚させるそうです。
また、人の可聴域をこえる超高周波は脳波α波の増強、免疫活性の上昇、ストレス性ホルモンの減少などに作用するのが確認されており、多くの伝統的祝祭や宗教音楽が超高周波の音成分を含んでいるといわれます。他にも、ポリフォニック・サウンドやビブラートなどにみられる周期・非周期振動の音やゆらぎ構造の音(1/fゆらぎ)が、人を快感へ導く聴覚刺激であることが知られています。
【触覚と快感】
超高周波は快感を誘起する音成分ですが、その振動を感受するのは耳だけでなく体表面のため、重低音のボディソニック効果とともに体感情報です。
快感を誘起する触覚情報として、興奮した人混みでの肌の触れ合いや人いきれ、熱気、といったアトモスフェアな体感情報がありますが、パフォーマティブな祝祭空間に特有の仮装もあげられます。たとえば、祭りの重厚な仮面・儀礼装束・装身祭具の多くは、激しい所作をするには身体の拘束性や負荷が大きいつくりのため、過呼吸による血中酸素の急激低下などから一種の恍惚感へ導きやすい要因になります。また、ハレの場に着る正装の身体負荷も、緊張とともに気分亢進に作用するようです。
【嗅覚と味覚】
嗅覚と味覚はメディア研究では後回しにされてきた分野でしたが、近年ICTや広告、エンターテインメントなどの分野では高臨場感表現のフロンティア領域として研究開発が盛んです。嗅覚・味覚は、もともと動物が危険の察知や回避で身を守る目的の本能的反応に近い感覚ですが、人ではその基本的な役割が進化し、エピソード記憶と結びついた感情体験として認識されます。嗅覚・味覚刺激の演出が有効なのは、誘引力と記憶定着の増強です。ところが、においや味と感情の連絡には個的記憶との恣意的な結びつきが優先されやすく、嫌悪に文化差や個人差が出がちです。いまのところ珈琲の映像+珈琲の香り・味のように、これらの感覚演出が補助的なのはその理由からです。しかし、情動の深い部分での嫌悪・快不快判断と記憶定着に強く影響する嗅覚・味覚メディアの研究開発は、高臨場感のみならず、ブランド戦略の最良の鍵といえ、その研究動向には関心を向けておく必要があるでしょう。
【共感動】
感動体験の共有化・共感化に有効な考え方に「引き込み理論」があります。それによれば、リアル・コミュニケーションの場で人と人の間に、うなずきのような肯定や同意の身振りをするロボットやCGなどを介在させると、円滑なコミュニケーションを促進する効果があるそうです。つまり、介在する第三者の身振りに引き込まれ、いつしか対話者間の身体リズムが共有されるようになり、一体感の実感からコミュニケーションが円滑で活発化するというのです。いわばムード・メーカとしてのシステムで、近頃では癒し系の情緒玩具に応用されはじめましたが、感動コミュニケーションを構成するシステム技術の一つとして、注目しておいてもいいでしょう。